マイケル・サンデル『公共哲学』(ちくま学芸文庫)

公共哲学 政治における道徳を考える (ちくま学芸文庫)

公共哲学 政治における道徳を考える (ちくま学芸文庫)

2010年にNHKで放映されたサンデル教授の白熱教室は、私も深夜に視聴したことを覚えている。様々なテーマをわかりやすく提示し、議論を導いていく様子は本当に視聴のし甲斐があった。しかし、一方でサンデル教授の思想は一体何であろう、何を目指しているのだろうか、という疑問をつい最近になって抱くようになった。

その結論というわけではないが、本書はサンデル教授が目指している方向性を示してくれる。それはタイトルにあるように公共哲学だ。大小様々な30章、大きく分けて3部構成だが、いずれも過去に雑誌等で発表した記事の再録が中心だ。具体的な事例から徐々に理論的で哲学的な内容に入っていく。主題や結論は各記事冒頭に提示されるため、これから何を論じようとしているのかわかりやすい。結論から言えば、多様な立場の人に見せることをかなり意識している。サンデル教授はアメリカでポピュラーなテーマを扱いつつ、以下のように論じる。

こんにちの自己統治において要求されるのは、地域から国家、さらには世界全体にいたるまでの多様な環境のなかで、みずからの役割をまっとうする政治である。…(中略)…こうした勢力に打ち勝つ、あるいは少なくともそれと戦うために必要な市民的資源は、依然として場所や物語、記憶や意味、出来事やアイデンティティのなかにある。こうしたものが、われわれを世界のなかに位置づけ、われわれの生活に道徳的独自性を与えてくれるのである。
(「第1章 アメリカにおける公共哲学の探究」p.58~59)

われわれに必要な政治哲学が問うのは、自己統治やそれを支える市民道徳にふさわしい経済制度は何かということだ。市民社会再生のプロジェクトが重要なのは、政治的対立を和らげる方法を提供するからではない。そうではなく、アメリカの民主主義が健全であるためにはそれが必要だからだ。
(「第5章 礼節をめぐる問題」p.93)

三十年をへてもなお、革新の衝動は説得力のある声を取り戻せていない。われわれは依然として強力な理想主義を必要としている。それがわれわれに思い起こさせるのは市民性であり、市民性とは消費社会のための基礎訓練を超えた何かから成るものなのだ。
(「第7章 ロバート・F・ケネディの約束」p.104)

サンデル教授は市民によるコミュニティの復権を訴える。妊娠中絶や同性愛などの込み入った議論では宗教的、道徳的な意見を全く抜きにして価値判断できないし、或るコミュニティ多数派の価値観が少数派の価値観と比べて優れているわけでもない(そのように断じる根拠もない)。サンデル教授の掲げる公共哲学は特定の価値観に偏らない多元主義の中で育まれ、議論の解として複数の答えがあり得ることを示している。

軽い語り口で差別や偏見、政治といった難しい問題をサンデル教授は取り扱う。その背景にはカントやデューイ、ロールズ等の哲学を通じて培った素養がある。文章は丹念に読めばそれほど難解ではない。そうであればこそ、逆にサンデル教授の頭の回転の良さが際立ってくる。サンデル教授の掲げる多元主義、公共哲学に賛同できるかどうかは別として、恐らく一時代を代表する論者ということになるのだろう。

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