海上知明「平知盛と「海軍」戦略―軍記物語に見いだされる戦略原則」(戦略研究学会編『戦略研究 第5号』芙蓉書房出版、2007年、p.69-80)

日本流の戦争方法 (年報戦略研究)

日本流の戦争方法 (年報戦略研究)

今年のNHK大河ドラマで平清盛が主人公ということなので、テレビは見ていないけどもそれに関する論文を一つ紹介する。

この論文の主旨は平家が都落ちしてから滅亡するまでの間、実は効果的な戦略を実施して源氏の西進を阻んでいたとする内容の論文。海軍戦略に関する書籍はマハンやコーベットとなど数多くあるが、この論文ではマハン海軍戦略を適用している。また、この時代を知るためには主として軍記物に頼らざるを得ないが、こうした点についてこの論文では次のように述べている。

しかし優れた社会科学の分析により軍記物の不備を補うことは十分に可能であると信じるものである。社会科学的分析で明らかとなるのは、単なる史実ではなく、行われていたことの本質である。

そして、知盛の戦略を海上氏は以下のように結論づける。

初期の方針は海峡封鎖力を確保することにより瀬戸内海に圧倒的な制海権を確立し、その制海権のもとで陸上に影響力を拡大していこうというもので、これが「一ノ谷合戦」で切り替わり、海上から山陽道を攻撃して疲弊させる形になる。さらに源範頼が西国に入ってからは山陽道に展開した源氏軍の補給線を締め上げる段階へと移行する。この一連の「海軍」戦略を可能にしたのが屋島と彦島の存在であり、屋島の喪失が戦略段階の終了を意味する。

海上氏は論文の中で、この瀬戸内海の海峡封鎖によって源氏が実際に平家掃討に苦しんでいたことを『玉葉』『吾妻鑑』の記載から指摘する。源氏はこれにより中国地方を通過するためには陸上で山陽道へ長々と兵站線を築くことになり、平家は海上からこの兵站線を攻撃することで源氏を苦しめる。瀬戸内海の諸島を押さえることで効果的に管制を利かせていたのである。謂わば屋島はカリブ海におけるキューバである。この屋島を喪失したことで瀬戸内海での管制が利かなくなり、戦略上の有効的な手立てを失うことになる。

私は『平家物語』を昔に1回だけ読んだ記憶がある程度だが、こういう視点から軍記物を読むことはできなかった。しかし改めてこの論文を読むと、平知盛の海軍戦略の見事さをうかがい知ることができる。また海軍戦略の文献もしばらく読んでいないので、また時間を改めて取り組みたい。

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