班固『白虎通』巻一 爵 (8)

大夫功成未封而死,不得追爵賜之者,以其未當股肱也。《春秋穀梁傳》曰:「追錫死者,非禮也。」《王制》曰:「葬從死者,祭從生者」,所以追孝繼養也。葬從死者何?子無爵父之義也。《禮中庸》記曰:「父為大夫,子為士,葬以大夫祭以士;子為大夫,父為士,祭以大夫葬以士也。」

追爵に関する記事。冒頭は「大夫功成りて未だ封ぜざるに而して死し、爵賜を追って得ざるの者、以て其れ股肱に当たらざる也。」とでも書き下せば良いだろうか。その次に引用されている『春秋穀梁傳』の記事は莊公元年の記事で、

【経】王使榮叔來錫桓公命。
【伝】禮有受命,無來錫命。錫命非正也。生服之,死行之,禮也。生不服,死追錫之,不正甚矣。
(『春秋穀梁傳』莊公元年)

が元々の本文。天子から爵を賜るのは生前に天子に服事した結果であって、生前に服事していない者が爵を賜るのは礼に反しているではないか、と『春秋穀梁傳』では難じているのである。ただし、これは今文学の立場としての批判であって、古文学を代表する『春秋左氏傳』では

【経】王使榮叔來錫桓公命。
(『春秋左氏傳』莊公元年)

と記すのみで、許愼『五経異義』が以下で指摘するように、死後に追錫すること自体を非難していない。*1

春秋公羊、穀梁説,王使榮叔錫魯桓公命,追錫死者,非禮也。死者功可追而錫,如有罪,又可追而刑耶?春秋左氏説譏其錫簒弑之君,無譏錫死者之文也。
(『通典』引『五経異義』)

この事実から陳立は、『白虎通』に記載の説は『春秋穀梁傳』に基づくものだろうとしている*2

さて、『禮記』王制篇の「葬は死者に従い、祭は生者に従え。」の実例は『中庸』に記されている。つまり、父と息子の階層が異なった場合、葬儀は父の階層、祭は息子の階層で実施すると言うことである*3

註3について、goushu氏から以下のご指摘があった。どうやら、私は陳立の注釈を逆に読み違えていたようです。ご指摘、感謝いたします。

注3の部分だけど、前の部分で「天子・諸侯の若(ごと)きは但だ祖父を追爵するを得ざるのみ。喪葬の事に至りては、亦た宜しく権に従うべし」とあって天子諸侯クラスは士大夫と違って葬式に関しては礼の規定から外れるんだと言っていて、そこで引用部分は漢の高祖と太上皇も例を引き合いに出しつつ、太上皇を天子の服ではなく士の服で葬儀を行うのは、子の高祖や臣下の情として受け入れがたいので、礼を曲げて天子の服で葬式を行う。その後の通常の祖先祭祀の場合は礼の規定どおり士の服で行う。と言っているんじゃないかと思います。

*1:他にも死後に追錫された例は、『春秋左氏傳』昭公七年の伝に記載の衛襄公がある。

*2:それが「追錫死者,非禮也。」のみなのか、「大夫功成未封而死,不得追爵賜之者,以其未當股肱也。」まで掛かってくる注釈なのかは判然としない。

*3:陳立は葬礼に関する様々な議論を引用しながら、「若然,則禮父為士,子為天子,祭以天子,其尸服以士服者,葬時之不可直士庶之制者,禮屈于情,一時之權。至祭時,乃人子之常事,而尸則死者之所憑,又不可服以天子之服,則仍依父生時之制也。」と述べ、たとえ天子であっても父が士庶の階層であったならば、葬は士庶の服で執り行うべきとしている。

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