【再掲】宮崎市定『九品官人法の研究』(中公文庫)

今日は時間がないので、かつて紹介した書籍の再掲である。

九品官人法の研究―科挙前史 (中公文庫)

九品官人法の研究―科挙前史 (中公文庫)

さて、中断を挟みながらも漸くにして読了した本書である。元々、制度史には強い興味があり、本書を読了する前にも同氏『科挙史』(東洋文庫)を読了していた。ただ、『科挙史』の方は隋唐~明清の科挙制度について中心に触れられ、それより前の時代に関しては軽く触れられていた程度であった。

そこで、三国志好きとしては科挙制度成立以前を取り上げた本書に目を付けたわけである。尚、本書は現在絶版の為、宮崎市定全集を購入して読むか、又は中古本を購入する必要がある。全集購入はスペース的にも金額的にも厳しい為、願わくば中公文庫での復刊を願いたいところである。

本書のカバーする範囲は後漢末から隋唐成立に至るまでの魏晋南北朝期である。文庫サイズで600ページを越える浩瀚な書物だが、時代別に章立てされており、通読以外にも一時代だけ確認したい場合にも容易な構成である為便利である。

私の興味は魏晋南北朝期の中でも後漢末~魏晋期が中心なので、この時期を中心に本書の内容に軽く触れたいと思う。

【九品官人法という名称について】
さて、本書を語る前に「九品官人法」という名称の由来について触れておく必要がある。資治通鑑の胡三省注では「九品中正」と注釈されるなど、「九品中正制度」と呼ばれることもあるからである。しかし、宮崎氏によれば「九品中正」という呼称は誤解を招く表現で、本来は「九品官人法」と「中正制度」は各々個別の制度であるとする。「九品官人法」とは官職を九つの等級に分けることを指し、「中正制度」は各地方において人物採用の際に人物評価を行う制度のことである。当然、陳羣が起案して制定した時は両者に密接な関連があったが、貴族社会が発達していくにつれ「中正制度」の方は形骸化していく。

【九品官人法の目的】
九品官人法制定の目的について宮崎氏の見解を要約すると、「漢魏革命実施に伴う政権移譲を円滑に行う為」であったとする。曹操が魏公・魏王の位に就任して鄴に魏を建国すると、曹操に縁の深い人物は魏国の官僚として採用されていく。当然、曹丕が後漢から禅譲を受けて魏帝国を成立させれば、その新政権はかつて鄴で働いていた官僚らがベースになるはずである。

が、単純にそうしてしまえば新政権発足と共に旧政権で働いていた官僚たちは一斉に失職することになる。つまり、二重政府状態を円滑に解消しなければ、失職せんとする旧官僚らの猛反発は必至となり、不測の事態が起こらないとも限らない。その為に用意されたのが「九品官人法」であり、「中正制度」なのである。九品官人法の分類に基づき、中正が新旧両政権の官僚らを評価して魏帝国の要職に就けていく。

宮崎氏は後漢期の各官職の秩禄と魏晋期の九品官人法を比較したとき、高官になればなるほど細かく分類されているのに対し、位の低い官職になればなるほど分類が大雑把になっていることを指摘する。これは九品官人法の本来の目的が高官に対する査定・評価にあったことを示し、この意見の根拠としている。

さて、新旧両政権の人事考課を終えた時点で本来の役目を終えた「九品官人法」と「中正制度」であるが、発布されて施行されたからには今後も継続して運用する必要がある。そこで、この制度による新任官僚の評価を実施することになる。各郡に設けられた中正が各地の青年を評価するのであるが、晋の劉毅が上奏文の中で

「今一國之士多者千數,或流徙異邦,或取給殊方,面猶不識,況盡其才力!」

と述べたように、一つの州で評価すべき人数は膨大な人数に及んだ。この面識もない膨大な候補者を、僅かな人数の中正で、数十年後に何処まで昇進する才能を持つか評価しなければならないのである。こんなことは土台無理な話であり、各中正は人物評価の基準として候補者の家柄等を根拠にし始める。古代中国には元々人物評価を行う風土があったから、地元で評価の高い人物が高い起家官で任用されていく。こうして「九品官人法」「中正制度」は貴族制社会確立の立役者となっていくのである。

【名士論との関係】
漢魏革命前後の人物任用に関する話については渡邉義浩氏の「名士論」が有名である為、この書評の最後に「名士論」との相違を指摘しておきたい。

「名士論」における「九品官人法」の役割は、陳羣ら魏を代表する名士が、名士社会を生み出した自らの風土(儒教を軸に置いた人物評価)を制度化せんとして提案したものとなっている。一方、曹操は自らの君主権確立の為に「文学に基づく人物評価」を行って既存の名士社会に対抗しようとしたが、曹丕と曹植を巡る後継争いの中で名士の発言権が増加し、曹操没後、曹丕は自らを支持してくれた名士達の為にも「九品官人法」を容認せざるを得なくなる。その後、魏帝国では曹爽らによる「吏部尚書による人事権の中央集権化」「玄学に基づく人事評価」を試みるなど名士社会への対抗措置を講じようとするが、これも司馬懿によるクーデターと「州大中正制度」成立によって斃れ、結局名士社会の風土を覆すには至らなかった。

【終わりに】
読んでいて思うのは、本書が発売された当時の研究水準の高さであるように思う。専門に研究している人であれば既読であるだろうが、私の様な一般人にとっては数多のネット上の議論を読むよりはるかに有益である。もし、その分野において長らく読み継がれるべき本を古典というのであれば、この『九品官人法の研究』は既に古典の領域に到達しているように思われる。

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