無理に更新するのはよくないな、と思う。

差し当たって今年の1月3日頃よりBlogを開始し、今日に至るまで記事を連続投稿してきたがちょっとそれも限界だ。

ネタはなくもないのだが、気力が兎に角続かない。最近はつきあいでの飲み会が続くと、帰ってから漢籍を読もうとはあまり思わぬ。自らの意思で飲む場合はいいが、そうでない場合は話が別だ。飲み会が楽しくないわけではないが。

そんなわけで、ちょっと今日はネタが思いつかない。そして気力も尽きている中で無理矢理更新するのもアレだなーと思うので、連続更新に拘るのは止めようと思う。

もっとも一度そうしてしまうと、更新ペースが極度に落ちて月1回程度になってしまったりする。緊張の箍が外れてしまうと極端な結果になる。

さてどうしたものか。

諸葛亮の軍事能力に関する一般評価

差し当たって諸葛亮の軍事能力に関し、ネット上で色々と意見を拝見することがあるのだが、「正史で諸葛亮の軍事能力は高く評価されていない」とする意見がある。だが、果たして実態はどうなのか。今回は私自身があれこれ論じるのではなく(このBlogで唯の一度も何か論じたことはないような気もする)、実際に史学に携わっていた方がどのように述べるかを紹介する。史料の都合上、私の手元にある本だけで限定したい。

まず岡崎文夫氏は、

端的に考うるところをいうならば、陳寿の評するところ、もっとも精確であると思う。…まず軍政を治め、…いやしくも危険に渉る行動は勉めてこれをさけた。これ時に一場の戦闘に勝機を逸した点があったのであろう。彼の偉大な点は、むしろ失敗してのち、ただちに軍容を整うるに綽然たる余裕を存する点にある。
(『魏晋南北朝通史 内篇』(東洋文庫)p.55)

と述べ、諸葛亮の軍政能力は高く評価すれど、勝機を掴む点では評価がいまいちである。この本は元々昭和七年刊行であるから、当時からこのような諸葛亮評価があったのだろう。また宮崎市定氏も

…蜀という国は先主劉備からの預かり物であって、自分のものではない。したがって有利そうにみえても投機的な戦争に運命をかけるわけにはいかないのだ。…ところが戦争はもともと投機である。彼の正々堂々の軍も、先鋒の将、馬謖の失敗で全体が総崩れとなって、本国へ引き上げなければならなかった(二二八年)。そこで、孔明はもともと戦略家ではないのだ、応変の将略はその長ずるところにあらず、という批評が行われる。確かにその通りであったと思われる。
(『大唐帝国』(中公文庫)p.97)

と述べ、この書は元々昭和四三年に刊行された書籍の文庫版であるが、基本的には岡崎文夫氏と同様の見解である。一方、宮川尚志氏は次のように述べて諸葛亮を弁護する。

その幕下には遺憾ながら三軍を指揮するに足る知略縦横な高級指揮官が見出されなかった。魏延・姜維らはむしろ一軍の司令官に堪えられるくらいであったろう。魏の張郃・呉の呂蒙の如き将才が蜀にあり、孔明を輔けたとしたならば、彼の中原北伐は意外な進展を見せたかも知れなかった。
(『諸葛孔明』(講談社学術文庫)p.234)

本書の文庫化前の初版本は昭和十五年だから、昔から史学の立場では諸葛亮の軍事能力に対する評価は賛否両論だったのであろうな、とは思う。ところがよく見ると、この両方の立場は共に陳寿の見解を土台にしている。まず前者は『三国志』蜀書・諸葛亮伝の最後に陳寿が評している

可謂識治之良才,管、蕭之亞匹矣。然連年動衆,未能成功,蓋應變將略,非其所長歟!

と述べているところであり、つまり政治を治めるにあっては管仲や蕭何に次ぐけれども、毎年軍事行動を起こしながらついぞ成功しなかったのは、応変将略を得意としなかったからだろうか、ということだ。一方で『諸葛氏集目録』を上梓する段階で陳寿は次のように述べる。

又自以為無身之日,則未有能蹈涉中原、抗衡上國者,是以用兵不戢,屢耀其武。然亮才,於治戎為長,奇謀為短,理民之幹,優於將略。而所與對敵,或值人傑,加衆寡不侔,攻守異體,故雖連年動衆,未能有克。昔蕭何薦韓信,管仲舉王子城父,皆忖己之長,未能兼有故也。亮之器能政理,抑亦管、蕭之亞匹也,而時之名將無城父、韓信,故使功業陵遲,大義不及邪?蓋天命有歸,不可以智力爭也。

要するに管仲には王子城父という名将がいて、蕭何には韓信という名将がいたから功業を為したのである。しかし諸葛亮には城父や韓信に匹敵する人材がいないのに、管仲や蕭何に次ぐ才能である諸葛亮はどうして成功することができようか。そりゃ無茶ですよ、と述べているのである。先に挙げた宮川氏の述べるところは此処をそのままなぞらえているように思える。

では、皆が結局陳寿の評価の域を超えないのかといえば、必ずしもそうとは言えない。例えば満田剛氏はその著書の中で、諸葛亮の北伐の意図が隴右支配にあり、且つ魏側もその事態を一番懸念していたことに言及。また北伐のタイミングが偶然か否か災害が起こったタイミングで行われており、また魏も同時に兵糧確保が思ったほど容易ではなかったと指摘する。その上で諸葛亮の陣没の地でもある五丈原進出について以下のように述べる。

五丈原の戦いでの諸葛亮の狙いは“持久戦に持ち込んで魏の兵糧が尽きるのを待ち、五丈原の北を通る街道をおさえて隴右.涼州(シルク・ロード)をおさえながら長安を攻めること”だったと考えられる。…(中略)…この持久戦は諸葛亮にとって乾坤一擲を狙ったものであったとしても、決して博打のようなものではなく、勝利への“計算”をした上での戦略であると考えられる。
(『三国志―正史と小説の狭間―』(白帝社)p.252)

このような感じで、諸葛亮に対する評価は一方的に低い評価が為されているのかといえばそうでもなく、逆に諸葛亮の狙いは高く評価されてもいる。しかし読み手にとって一番重要なのは、確かに人がどのように諸葛亮を評価しているのか気にすることではなく、自らがどのように感じるか、史料を読んでその意見を確立させることにある。好き嫌いを語るだけならどうぞご自由に、という感じであるが、誰かを評価する為には自らその評価対象に対して強い関心を持って史料にあたらねばならぬ。先人達もそうしてきたし、これからもそうである。幸いにも『三國志』の日本語訳は図書館に行けば容易に閲覧可能だろうし、誤植も有るが原典はネット上で閲覧可能である。

そのように思う一方、私個人としては最近は史料とご無沙汰だなぁと思う。たまには諸葛亮伝でも読んでみることにしよう。

マルクス『資本論』メモ

日経BPのマルクス『資本論 第一巻1』を読んでの覚え書き。主に第一章。

マルクスは価値の根本に労働を置いている。その商品を生み出すのに使用した労働力が、その商品の価値となる。マルクスはどの労働者も同じ生産性で作り出した価値が同じであると論述する。

第一章を読む限り、マルクスには人間の価値が平等であるとの思想がある。また前提となっているのは第一次、第二次産業。人間がある一定の環境下で決まり切った生産行動をして生み出す商品を考慮に置いている。しかし、サービス産業などの第三次産業はどうなのか。頭脳労働はどうか。抽象化された人間性ではなくて、具体的な個性を持った人間が意味を持つのではないか。マルクスの『資本論』もまた、時代の産物であろうか。

以降、こういった疑問点を念頭に置きながら読み進めることにする。

近藤大介『「中国模式」の衝撃』(平凡社新書)

本書は中国の生活様式、文化について述べた本である。特に日本との差異が強調された構成になっている。北京を中心とした筆者の生活体験から始まり、著者が経験した対中国人との交渉。後半は人民元を基軸通貨に据えたい中国の思惑と、米国に挑む中国の姿を描く。

最初は北京で何でも壊れる、タクシー等サービスの悪さ等々を挙げているが、一方で上海における経験、乃ち以前の上海タクシーはサービスが劣悪だったが近年は顕著に向上していることから、これは中国が発展の過渡期にあるが故の状態であり、今後は色々と整備、教育研修されて改善するだろうと結んでいる。

他、中国経済についてのリスクは他書でも述べているとおりであり、特別何か目新しいと言うことはない。そして結論としても、今後は欧米消費に頼った高度成長は続かず、前例のない社会主義市場経済として試行錯誤が続き、アメリカに変わる経済大国へ成長できるかは道半ばとしている。

いずれにせよ、今後しばらくは中国とアメリカが軸となることは確実である。日本はアメリカに付くのか、中国に付くのかという選択肢の間で揺れ動いているように見える。この現実の中、日本は如何なる選択肢を採り得るのか。著者は後書きでこう述べる。

 総じて言えば、日本はGDPの日中逆転など気にせず、「量から質への転換」を図ればよいのである。先端技術、サービス力、クール文化という「三種の神器」を駆使した「日本様式」で邁進し、中国の巨大市場を活用していけばよいのである。

これを官民挙げて取り組むことが、日本が生き残る道だとする。さて、日本は日米の狭間で埋没せずに何処まで生き残っていくことができるだろうか。

鋭意インストール中

今、LaTeXによるホームページ作成をするため、その開発環境を調整中。ずっとコマンドプロンプトの画面と睨めっこが続く。

プログラムって正直言って、時間が経つのが早いと思う。現場作業や書類作成作業に比べて体感的に感じるだけだけど。そして、時間が経つ割に進捗が芳しくないというのも確か。慣れていないせいだろうが。

しばらく開発環境が整うまで、日記はこういう雰囲気が続きます。ちなみにインストールしたプログラムはLaTeX2ε、Strawberry Perl、Visual C++、Cygwin。とりあえず、どういう状況でも対応できるようにしておく癖がよく現れている。

今はインターネットで調べれば、ある程度までわかるから便利。本格的にやるのであれば、本を購入する必要はあるだろうけど。別にC言語とかUNIX環境で何か本格的なプログラム組むわけじゃないし、そこまではお金かけない予定。

それにしても、プログラムの解説書ってどうして大きくて重いんだろうか。

マイケル・ハワード『ヨーロッパ史における戦争』(中公文庫)

マイケル・ハワードによるヨーロッパ戦争史の解説。中世ヨーロッパ時代から第2次世界大戦までをカバー。全体の分量は約300ページほどだが、各時代の戦争を「封建騎士の戦争」「傭兵の戦争」「商人の戦争」…という風に戦争の主体者を軸に論述を行っている。第2次世界大戦以降の記述がないのは、エピローグにあるように自己充足的国際体制としてのヨーロッパがその時点で終演したと著者が見ているからである。それ以降のヨーロッパの紛争は世界的な動きというより、単なる世界の中の一地方紛争でしかないとも述べている。

本文そのものもそうだが、それとともに巻末の参考文献一覧や石津朋之氏による解説も大変興味深い。強く興味を持った場合には、これを手がかりに色々と文献を渉猟するのも良いかと思う。

薬を飲む時の注意点

『禮記』曲禮下第二には、薬を飲む際の原則が記されている。

 君有疾飲藥,臣先嘗之;親有疾飲藥,子先嘗之。
 醫不三世,不服其藥。

主君が薬を服用する際にはその臣下が問題ないかどうか確認し*1、親が薬を飲む際には子供が確認するという。そして医者が三代に渡って続かない限り、その医者が処方する薬を服用してはならない、という決まり事もあったという。

前者は忠孝に関する話であるが、後者は実務的な意味があるのだろう。祖父親子三代にわたって研究された薬でなければ、信用がおけないということなのだろう。もしこの記述が本当なのであれば、後漢時代に活躍した華佗は色々な人物に薬を処方しまくっているから、医者として三代以上続いているのだろうか。『後漢書』方術列伝の伝える所によれば、

華佗字元化,沛國譙人也,一名旉。遊學徐土,兼通數經。曉養性之術,年且百歲而猶有壯容,時人以為仙。沛相陳珪舉孝廉,太尉黃琬辟,皆不就。

とあって、徐州の地に遊学して勉強したことくらいしかわからないし、三代続いたかどうかは定かではないけれども、「養性の術を暁り、年且に百歳にならんとするに而して猶壮容有り」と称されるあたり既に仙人の如き記述である。それとも華佗一人で三代にわたって医術を相承したに等しいと見なされたのか。

もっとも『禮記』の教えている所は、薬を服用するにはちゃんと実績があって効果が検証されたものでなければ、万が一があるといけないから君子に飲ませてはいけないということなのだろう。

*1:注釈には「嘗とは、其の堪える所を度る」とある。

TEXの記法練習

TEXの記法が使えるらしいので、少し練習がてらに熱力学に関する式を入力してみる。

《閉じた系の絶対仕事の式の導出》

閉じた系に於いて状態1から状態2に変化した時の仕事Wは、熱力学における仕事Wが圧力pと体積Vの積で定義されるから、

 ¥mathbb{W}_{12} = ¥int_1^{2}¥text{d}W = ¥int_1^{2}p¥text{d}V

で表現できる。この時、等温変化における仕事の式は以下の気体の状態方程式

 pV = nRT

を先ほどの式に代入して求めることができる。乃ち、

 ¥mathbb{W}_{12} = ¥int_1^{2}p¥text{d}V = ¥int_1^{2}¥frac{nRT}{V}¥text{d}V = nRT¥int_1^{2}¥frac{¥text{d}V}{V}

 ¥hspace{30}= nRT¥left[¥text{ln}V¥right¥]_{1}^{2} = nRT¥left[¥text{ln}V_2 - ¥text{ln}V_1¥right¥] = nRT¥text{ln}¥left(¥frac{V_2}{V_1}¥right)

また、圧力変化の時の仕事を求める場合はボイルの法則

 P_{1}V_1 = P_{2}V_2

より、以下のように式変型を行う。

 ¥mathbb{W}_{12} = nRT¥text{ln}¥left(¥frac{V_2}{V_1}¥right) = nRT¥text{ln}¥left(¥frac{P_1}{P_2}¥right)

(証明終わり)

なるほど、確かにこれは使いどころがわからないけど便利だな。
…これは行間を空けないと見辛いな。

中級者の名称に関する諸問題

そんな問題がそもそも存在するのかという疑問はさておき、少しだけ今日の日中に話題となった事柄について。

中級者の集いに関するログ

そもそも三国志に関する中級者とか初心者とかに明確な区分は存在しない。もし本当に広く使うのであれば誰かが○○は初心者である、××は中級者である、といったような認定をしなければならない。しかし、今度は誰がそれを認定するのか。その認定者に相応しいのは誰だろうかという話になる。

一番分かり易いのは三国志検定だろうか。だが、これは一部の三国志好きが受験しているだけで、全ての三国志好きが受験しているわけではないし、受験していない人間は三国志好きを名乗ってはいけない、という筋合いの代物でもない。就職に有利になるわけでもない。

一応、私が中級者という用語を用いている時は自分の中で勝手に次のような定義をしている。「正史に興味を持ち始め、How to本には飽き足らなくなってちくま訳正史又は中華書局の原書を読んでいるが、一方で学術論文を寄稿するには至らない知識レベルの階層」この定義は私が勝手に決めたものなので賛否両論はあるだろうが、私の想定する方々は此処に当てはまる人たちである。恐らく大量の人が此処に当てはまるので、本当はもう少し細分化した方が分類法としては適切なのだとは思う。

しかし根本的な問題として昨日の記事でも言及しているとおり、一応は勉強会を兼ねてはいるが、基本的に私の開催するこのオフ会は飲んでしゃべっているだけである。こういう厳密な区分をして何かどうこうするつもりはないし、区別すること自体に意味があるとは思わない。論文投稿をする力量の人が居てもいいし、演義にしか興味がない人が居てもいい。ただ、話題が合うかどうかは別問題である。

次に敷居の問題について。

ある程度の力量を持った人が謙遜していると初心者の敷居が上がるからあまり好ましくない、という意見である。確かに納得は出来るが、一方で「ある程度の実力を持っている」とは一体誰が認定するのかという問題が依然として存在する。明確で誰もが納得できるような基準があればいいが、そのようなものは三国志界隈に存在しない。それに或る一分野において博学でも、そこから少しでも外れると基礎レベルさえ危うい、ということは良くある話。そもそも趣味なので興味がある分野に特化して知識を獲得するのは自然な流れで、誰もが三国時代の文化、政治、宗教等の諸問題に広く通じなければならない、という法はない。そもそも、誰かに認められたくて正史を読んでいるわけではない。

そうなると、自分が初心者であるか上級者であるかは自称とする他はない。その時の自称の尺度は恐らく(1)自分の目標とするレベルを設定し、(2)知識のない段階から目標到達まで数直線上で表し、(3)自分の実力がどの程度の位置にあるのかを見て自称を決める、という段階を踏む。その為、相対的に見れば最初の目標レベルの設定が重要になるのであって、その設定を低く見積もれば容易に自称上級者に到達できるだろうし、逆に汲古書院で専門書を著す大学教授レベルを設定すれば学術論文を1本投稿したところでまだ目指す道のりは迂遠であろう。

結局最初の話に戻ってしまうが、三国志界隈の共通した到達目標がない以上、中級者という呼称にそれほど重要な意味はないし、当然初心者という呼称にも同じく重要な意味はないように思われるのである。

閉じた系の絶対仕事の式の導出

外部から熱の出入りがない閉じた系に於いて、状態1から状態2に変化した時の仕事Wは、熱力学における仕事が圧力pと体積Vの積で定義されるから、

 ¥mathbb{W}_{12} = ¥int_1^{2}¥text{d}W = ¥int_1^{2}p¥text{d}V

で表現できる。この時、等温変化における仕事の式は以下の気体の状態方程式

 pV = nRT

を先ほどの式に代入して求めることができる。乃ち、

 ¥mathbb{W}_{12} = ¥int_1^{2}p¥text{d}V = ¥int_1^{2}¥frac{nRT}{V}¥text{d}V = nRT¥int_1^{2}¥frac{¥text{d}V}{V}

 ¥hspace{30}= nRT¥left[¥text{ln}V¥right¥]_{1}^{2} = nRT¥left[¥text{ln}V_2 - ¥text{ln}V_1¥right¥] = nRT¥text{ln}¥left(¥frac{V_2}{V_1}¥right)

また、圧力変化の時の仕事を求める場合はボイルの法則

 P_{1}V_1 = P_{2}V_2

より、以下のように式変型を行う。

 ¥mathbb{W}_{12} = nRT¥text{ln}¥left(¥frac{V_2}{V_1}¥right) = nRT¥text{ln}¥left(¥frac{P_1}{P_2}¥right)

(証明終わり)

《例題》
 30℃で1.0Lの容積を持つシリンダーの中に閉じ込められた1.0molのアルゴンが、等温可逆的に2.0Lまで膨張した時、これがした仕事はいくらか。

《回答》
 先ほどの等温変化時の仕事の式より、
 ¥mathbb{W}_{12} = nRT¥text{ln}¥left(¥frac{V_2}{V_1}¥right) = 1.0¥text{mol}¥times8.2145¥text{J}¥cdot¥text{K^{-1}}¥cdot¥text{mol^{-1}}¥times303.15¥text{K}¥times¥text{ln}¥(¥frac{2.0¥text{L}}{1.0¥text{L}}¥) = 1,726¥text{J}

(回答終わり)