金子修一『中国古代皇帝祭祀の研究』(岩波書店)

中国古代皇帝祭祀の研究

中国古代皇帝祭祀の研究

金子修一氏の皇帝祭祀・宗廟制度、即位儀礼に関する論考。あまり類似研究は見掛けない。古代と題する割には唐代までがっちりカバーしているので、人によっては本書の一部分だけしか必要ないかも知れない。私のような三国時代にしか興味ない人とか。

最初に唐代全般の祭祀・宗廟制度を世代毎に区切りながら論じ、次いで後漢時代から魏晋南北朝時代について論考を拡大していく。そして最後に皇帝即位儀礼について論じ、終章でそれまでの論考を総括して終える。

礼制の一部である皇帝祭祀について制度の枠組だけでなく実際の運用まで含めて検討すると、そこには意外に大きな変化の跡が認められた。特に、皇帝=天子の権威の来源に関する郊祀(南郊)に関わる側面に大きな変化があった。
(「終章 郊祀・宗廟及び即位儀礼より見た中国古代皇帝制度の特質」p.575)

著者は一連の研究の総括でこのように述べ、制度の枠組自体は後漢までに一旦成立すると外見上変化がないが、運用上は時代によって変化していることを論じている。また即位儀礼についても

中国の皇帝制は専制君主制であるとよく言われるが、唐に至る即位儀礼の内容は制度的に発展を重ねており、臣下による承認を広く求めるようになる点で、皇帝の恣意は予想外に防がれていたと言うことができる。
(「終章 郊祀・宗廟及び即位儀礼より見た中国古代皇帝制度の特質」p.580)

と述べ、堀敏一氏による皇帝即位儀礼の中に民主的要素を包含するとの見解を紹介しつつ、唐代までの皇帝支配は一方的な皇帝の意思の発動ではなかったと論じる。著者自身が最後に述べているように、今回は祭祀の制度を経学的、制度的観点で論述するに止めており、政治的側面の言及は少ない。著者はこれを今後の課題とも述べており、また違った形での皇帝祭祀の論考が出てくるのか興味深いところではある。

何にせよ、鄭玄・王肅両名の経学の知識は本書を読む際に必須となることだけは間違いない。中々の難物である。

漢代の州従事について(厳耕望氏の著作より)

昨日、Skypeでむじんさんやにゃもさんと話をしていて、州従事について言及があった。その際、私はこの役職がどのような役割を負っているのか具体的なところを掴んでいなかったため、その概要について厳耕望『中国地方行政制度史―秦漢地方行政制度』(上海古籍出版社)の州従事の項目を調べて見た。すると、凡そ以下のような仕組みになっていたことが判明する。本当はせめて手持ちの文献である大庭脩氏や王勇華氏、小嶋茂稔氏の著作を参照した上で言及する必要があるのだろうが、今回はとりあえず割愛する。

漢代で州従事に言及するのは前漢の宣帝の時代。ただし、このときの従事は州刺史に同行する意味の一般動詞であって、固有の官職を意味してはいない。州従事が正式な官職として登場するのはそれよりも更に時代が下った元帝期であり、その秩禄は百石(刺史は六百石)である。州従事には部下がおり、これを假佐(書佐)という。

州の官吏の筆頭は別駕従事史であり、元々、州刺史と駕を別にして同行したことに由来する。特に後漢末になると州刺史・州牧に就いた群雄が「股肱」「謀主」として招聘することになる。一方、主簿は州内における地位が非常に低いのであるが、州刺史に関する事務及び州の文章を管轄しているため、州刺史の個人秘書とか側近のような性質を持つ。また、主簿は假佐の筆頭でもある。

治中従事史は州の官吏の任用や州内の綱紀を司り、ちょうど郡県の功曹に相当する。書佐は治中従事史の職務をサポートする。司隷校尉部では治中従事史ではなく功曹従事史と称する。

各郡国の監察に派遣されるのが部郡国従事史であり、假佐は典郡書佐という。郡国における文書管理と監察業務がその任務であるが、文書管理は典郡書佐に委任され、部郡国従事史は郡国の監察業務を主に担当する。その権限は非常に大きく、郡県の官吏・守相の悪行を見つけると上奏して罷免したり、下獄の措置を執る。郡レベルで言えば、督郵がその職務に相当する。

他、師友従事や従事祭酒の名前も史書に散見されるが、これらは「栄誉散員」とあり、恐らく名誉職や顧問職のようなものなのだろう。

主要な箇所としてはこのような感じだが、後漢末で各群雄が自立し始めると州刺史・州牧の俗吏に司馬や長史などが設置されるようになる。漢代の州従事は秩禄が低いが、権限たるや非常に大きい。今後、史書を読む際の参考にしたいと思う。

宮崎市定『科挙史』(東洋文庫)

科挙史 (東洋文庫)

科挙史 (東洋文庫)

本書は1946年に秋田屋から刊行された『科挙』が久しく絶版だったことを鑑み、補訂し題名を『科挙史』と改めて刊行したものである。元々は企画院の外郭団体である東亜研究所より、1939年に清国の官吏登用制度の調査依頼を受けて作成した著者の報告が土台となっている。しかし、肝心な報告書は日の目を見ることなく、後日、報告書の内容を増補して単行本化した。それ故、本書の内容は科挙の歴史全般と言うよりも、清の時代における科挙制度変遷を記したものである。

科挙制度の大きな特徴は、科挙制度が本格運用される唐代以前は他薦による官吏採用だったのに対し、科挙は自薦による官吏採用であった点に尽きる。以後、科挙は制度的変遷を経て清の滅亡と共に崩壊するまで存続する。科挙制度を滅ぼしたものは旧来の儒学の大系とはまったく異なる、西洋学問の存在であった。儒学の知識だけでは欧米列強とは互しえなかったことが制度崩壊の引き金になった。

科挙制度は能力のある人物を官吏として採用できる点において、魏晋南北朝時代に盛んであった九品官人法の流れを汲む体系が貴族制社会の再生産の土壌となっていた点と比べると優れている。一方で科挙を受験するためには幼少の頃より学問に励む必要があり、そもそもそれだけの経済的余裕のない家庭は科挙受験の機会さえ得られなかった。それは結果として支配者層と被支配者層という階級分離・固定化をもたらすことになる。また、100人に数人という過酷な選抜により、進士(科挙合格者)に及第する者以上に落第者を生み出した。この科挙の落第者は進士で占められる中央政府に対して反感を抱きやすく、科挙制度発足以来この落第者、言い換えれば求職できず政府に不満を抱くエリートの処遇は各王朝の悩みの種であった。

こういった科挙制度の歴史、試験方法をざっと眺めることができる点に於いて、本書はやはり名著であることは確かである。もし著者の作成した報告書が東亜研究所に採用され、重要書類として機密扱いにでもなっていたら本書は登場しなかったかも知れない。そう思うと、歴史の奇遇を感じざるを得ないのである。

礪波護『唐宋の変革と官僚制』(中公文庫)

唐宋の変革と官僚制 (中公文庫)

唐宋の変革と官僚制 (中公文庫)

本書は同著者の『唐代社会政治史研究』という専門書の第1部を文庫化したもので、これに唐末の「安史の乱」から五代十国を経て北宋建国に至るまでの概要を冒頭に追加している。

はっきり言ってわからん。

後漢及び魏晋期をメインとする私には、唐末から北宋初に至るまでの政治的流れがさっぱりだ。地名もだいぶ変わっているし、役職名も大きく違う。しかも唐末には色々な官職が追加されたらしく、馴染みがないものばかり。基礎知識がないのに挑むべき本ではなかったと率直に思う。

ただ資料の豊富さは感じた。『舊唐書』や『新唐書』等の正史は当たり前として、『資治通鑑』『續資治通鑑』『通典』『唐會要』等々、数多の書物が引用されている。三国時代の文献の少なさに頭を悩ませる我々としては正直羨ましいを通り越してどん引きするレベルである。

手持ちの中では『資治通鑑』があるので、これを読んでから改めて接するべき本だと感じた。

福井重雅『漢代官吏登用制度の研究』(創文社)

漢代官吏登用制度の研究 (創文社東洋学叢書)

漢代官吏登用制度の研究 (創文社東洋学叢書)

積ん読している書籍を紹介してきます。

最初は『漢代官吏登用制度研究』という研究書。約500ページにわたって前漢後漢の両代にわたっての察挙制度の特質について詳説しています。

誰にどのような権限があって、どのような人物が対象であるか。また秩禄と察挙体制の関係、魏代に成立した九品官人法の影響など、非常に興味深い論考になっています。

人材登用制度について宮崎市定『九品官人法の研究』は必読ですが、同時に本書も余力があれば読んでおくべきかと思います。