桓寬『鹽鐵論』本議第一 (6)

大夫曰:「往者,郡國諸侯各以其方物貢輸,往來煩雜,物多苦惡,或不償其費。故郡國置輸官以相給運,而便遠方之貢,故曰均輸。開委府於京師,以籠貨物。賤即買,貴則賣。是以縣官不失實,商賈無所貿利,故曰平準。平準則民不失職,均輸則民齊勞逸。故平準、均輸,所以平萬物而便百姓,非開利孔而為民罪梯者也。」

大夫曰く「往者*1、郡国諸侯は各其の放物*2を貢輸するを以てするに往来煩雑、物多くて苦悪*3し、或いは其の費を償わず。故に郡国に輸官を置き以て相運ぶを給け而して遠方の貢を便とし、故に曰く均輸という。京師に府を開き委ね*4、以て貨物を籠めん。賤せば則ち買い、貴たれば則ち売る。是れ以て縣官*5は実を失せず、商賈は利を貿むる*6所無く、故に平準という。平準たれば則ち民は失職せず、均輸たれば則ち民は斉しく労逸す。故に平準・均輸、万物を平らかにし而して百姓を便するを以てする所、利の孔を開き而して民の罪梯を為す者に非ざるなり。」

文学の士が商工業重視の政策が庶民の生活を困窮させる、と指弾したことに対する桑弘羊の反論。均輸制は遠方からの運搬の手間を官が担うことによってその労を軽減させ、平準制は首都に物品を集約して売買することを指すようである。均輸制は現代で例えると国営の運輸事業みたいなものだろうか。平準制は物品を一箇所に集約することで地方による価格差を無くすことが目的か。本当は『漢書』を読んで理解すべきだろうが(恐らく上奏文とかに詳細が載ってるのだろう)、ここだけで判断する限りはそんな感じ。とにかく、桑弘羊は今回の反論で「庶民の生活にとっても利益があり、そのような批判は当たらない」と。

*1:過ぎ去った昔の事柄。

*2:地方の産物。

*3:苦と悪は同義で、困難であることを強調している。

*4:委=積む、という意味。

*5:漢代に於いて、「縣官」は天子を指す。『史記索隱』や『資治通鑑』の胡三省注で指摘。

*6:求めると同義。

桓寬『鹽鐵論』本議第一 (4)

文學曰:「古者,貴以徳而賤用兵。孔子曰:『遠人不服,則修文德以來之。既來之,則安之。』今廢道徳而任兵革,興師而伐之,屯戍而備之,暴兵露師,以支久長,轉輸糧食無已,使邊境之士饑寒於外,百姓勞苦於内。立鹽、鐵,始張利官以給之,非長策也。故以罷之為便也。」

大夫曰:「古之立國家者,開本末之途,通有無之用,市朝以一其求,致士民,聚萬貨,農商工師各得所欲,交易而退。易曰:『通其變,使民不倦。』故工不出,則農用乏;商不出,則寶貨絕。農用乏,則穀不殖;寶貨絕,則財用匱。故鹽、鐵、均輸,所以通委財而調緩急。罷之,不便也。」

とりあえず文学の発言をざっと書き下せば、

「古の人は、徳を以て貴く而して兵を用いるを賤しきとす。孔子曰く『遠人服さざれば、則ち文徳を修め以て之を来たらしむ。既に来たれば、則ち之を安ず。』今道徳廃れて而して兵革に任せ、師を興して而して之を伐たんとし、戌に屯して而して之に備え、兵暴し師露る。久長に支するを以てし、糧食を転輸するも已に無く、辺境の士外に饑寒し、百姓内に労苦せしむ。塩、鉄立ち、始めは官の利張りて之を給するを以てするも、長策に非ざるなり。故に之を罷して便と為すなり。」

となり、御史大夫の桑弘羊の発言は、

「古の国家を立つるは、本末の途を開き、有無の用に通じ、市朝は一に其れ求むるを以てし、士民を致し、万貨を衆め、農商工師は各欲するところを得、交易して而して退す。易に曰く『其の変に通じれば、民倦まざらしむ。』故に工出でざれば則ち農用乏しく、商出でざれば則ち穀殖えず、賽貨絶えれば則ち財用匱し。故に塩、鉄、均輸し、財を通じ委ね而して緩急を調える所以。之を罷せば、便せざるなり。」

となるだろうか(誤りの箇所はご指摘を請う)。それぞれの言い分を簡潔に言い表すと、文学は「軍備に資金を投じて遠征を繰り返せば、遠征先の兵士は寒さに凍え饑えてしまうし、内地の百姓は窮乏状態になる。塩鉄の制度は最初こそ利するだろうが、長期的に見れば得策ではない」ということ。一方の桑弘羊は「商工業を盛んにすることで国家は栄える」ということだろうか。塩鉄官や均輸制度は交易を生み、工業が農具の供給、商業が穀物の流通に寄与すると。

つまり、ここは民力休養・重農主義を唱える文学側が桑弘羊の政策は国力窮乏を招くと非難する一方、軍備増強・重商主義を掲げる桑弘羊は依然として塩鉄官、均輸制度の有効性を訴えている場面である。

桓寬『鹽鐵論』本議第一 (1)

前漢の昭帝期の専売制に関する議論を纏めた『鹽鐵論』を題材とします。現在進めている『白虎通』と並行して取り上げていこうと思います。基本的には今の『白虎通』と同じ感じで進めていきます。

惟始元六年,有詔書使丞相、御史與所舉賢良、文學語。問民間所疾苦。
文學對曰:「竊聞治人之道,防淫佚之原,廣道德之端,抑末利而開仁義,毋示以利,然後教化可興,而風俗可移也。今郡國有鹽、鐵、酒榷,均輸,與民爭利。散敦厚之樸,成貪鄙之化。是以百姓就本者寡,趨末者衆。夫文繁則質衰,末盛則質虧。末修則民淫,本修則民愨。民愨則財用足,民侈則饑寒生。願罷鹽、鐵、酒榷、均輸,所以進本退末,廣利農業,便也。」

昭帝期の始元六年(紀元前61年)、丞相(田千秋*1)及び御史大夫(桑弘羊)は賢良、文学の士と共に専売制に関する議論を行うことになる。

まず、文学の士が問題を提起する。塩、鉄、酒に関する専売と均輸制が施行されている影響で、民衆が奢侈に走って本業たる農業に精を出さない。その為に風俗は衰え国の収入も減っている。それ故、今の均輸制を廃止して農業に精を出させるような方策を採るべき、とある。

この専売や均輸を実施したのは御史大夫である桑弘羊その人。武帝の遠征事業で掛かる費用を賄うために施行した方策だが、この方策が却って悪影響を与えているのだ、とする批判である。

*1:車千秋とも称する。

桓寬『鹽鐵論』本議第一 (2)

大夫曰:「匈奴背叛不臣,數為寇暴於邊鄙,備之則勞中國之士,不備則侵盗不止。先帝哀邊人之久患,苦為虜所系獲也,故修障塞。飭烽燧,屯戍以備之。邊用度不足,故興鹽、鐵,設酒榷,置均輸,蕃貨長財,以佐助邊費。今議者欲罷之,内空府庫之藏,外乏執備之用,使備塞乘城之士饑寒於邊,將何以贍之?罷之,不便也。」

大夫とは御史大夫、つまり専売制や均輸制を実施した桑弘羊を指す。前段の文学の士の問題提起を受け、桑弘羊は対匈奴の戦いに多大な資金が必要であり、現在の制度が辺境の防備を維持するために必要不可欠であることを説いている。

尚、「烽燧を飭う」の意味については、『史記』司馬相如伝本文の「聞烽舉燧燔」の部分の注釈、『史記集解』と『史記索隱』がそれぞれ解説をしている。「飭う」は「整える」と同義で、整備するという意味合い。

漢書音義曰:「烽如覆米●,縣著桔槔頭,有寇則舉之。燧,積薪,有寇則燔然之。」
(『史記集解』,●=竹冠に「奥」の字)

「桔槔」とははねつるべのこと。『史記集解』の解説だと、烽ははねつるべの原理を生かした物らしいが、ちょっとイメージがわかない。火は使わないのだろうか。燧は薪を積んでおき、敵襲が来たらその薪を燃やして知らせる仕組み。

熢燧。韋昭 曰:「熢,束草置之長木之端,如挈皋,見敵則燒舉之。燧者,積薪,有難則焚之。熢主晝,燧主夜。」
(『史記索隱』)

「皐を挈えるが如く」をどのように解すれば良いか分からないが、熢は長木の端っこに草を束ねた物を置いておき、敵襲が来たらこれを焼いて挙げるという。松明みたいなものか?ちなみに熢は烽の異体字。一方、燧は『史記集解』とほぼ同じ解説である。熢は昼間、燧は夜間に使用する。

烽燧に関しての話が長くなってしまったが、端的に言えば膨大な軍事費用を賄うために専売・増税措置を採ったのが桑弘羊の経済政策である。

桓寬『鹽鐵論』本議第一 (3)

文學曰:「孔子曰:『有國有家者,不患貧而患不均,不患寡而患不安。』故天子不言多少,諸侯不言利害,大夫不言得喪。畜仁義以風之,廣德行以懷之。是以近者親附而遠者悦服。故善克者不戰,善戰者不師,善師者不陣。修之於廟堂,而折沖還師。王者行仁政,無敵於天下,惡用費哉?」

大夫曰:「匈奴桀黠,擅恣入塞,犯厲中國,殺伐郡、縣、朔方都尉,甚悖逆不軌,宜誅討之日久矣。陛下垂大惠,哀元元之未贍,不忍暴士大夫於原野;縱難被堅執銳,有北面復匈奴之志,又欲罷鹽、鐵、均輸,擾邊用,損武略,無憂邊之心,於其義未便也。」

文学の士が冒頭で孔子の言として引用しているのは、『論語』の以下の文章。

丘也聞,有國有家者,不患寡而患不均,不患貧而患不安。
(『論語』季氏第十六)

金谷治訳注『論語』によると、この部分は以下のように翻訳される。

自分の聞くところでは『国を治め家を治める者は、〔人民の〕少ないことを心配しないで〔取り扱いの〕公平でないことを心配し、貧しいことを心配しないで〔人心の〕安定しないことを心配する。』
(金谷(訳注)『論語』(岩波文庫) p.328)

その後には経済や利害に固執することを否定し、仁政を敷いて遠近共に信服させるべきを説く。そうすれば「天下に於いて敵無く、悪くにか費えを用いん哉?」とし、その前段で桑弘羊が主張したような財政政策は必要ないと主張する。

一方、桑弘羊は匈奴のことを油断ならぬ敵対勢力だと手厳しく批判し、匈奴の侵入によって被害が後を絶たない実情を説く。よってもし現在の財政政策を罷めるようなことがあれば、北方の防備は疎かとなって支障を来すと主張するのである。

片や儒教の理想としてきた不戦・徳治主義、片や増税・軍備増強路線。理想と現実の中で如何に政治を運営すべきかの議論は、形を変えて今でも行われている。子細は異なれど、議論の対立の構図は今も昔も変わらないようだ。

桓寬『鹽鐵論』本議第一 (5)

文學曰:「國有沃野之饒而民不足於食者,工商盛而本業荒也;有山海之貨而民不足於財者,不務民用而淫巧衆也。故川源不能實漏卮,山海不能贍溪壑。是以盤庚萃居,舜藏黃金,高帝禁商賈不得仕宦,所以遏貪鄙之俗,而醇至誠之風也。排困市井,防塞利門,而民猶為非也,況上之為利乎?傳曰:『諸侯好利則大夫鄙,大夫鄙則士貪,士貪則庶人盜。』是開利孔為民罪梯也。」

文学曰く「国沃野の饒有り而して民食する者に足らざるは、工商盛ん而して本業荒れるなり。山海の貨有り而して民財に足らざるは、民用を務めず而して淫巧衆きなり。故に川源は漏卮*1を実すること能わず、山海は溪壑*2を贍すこと能わず。是れ盤庚は萃居し、舜は黄金を蔵し、高帝は商賈を禁じて仕宦するを得ずを以て、貪鄙の俗を遏め而して至誠の風を醇くする所以なり。市井を排困し、利門を防塞し、而して民猶非を為すや、況んや上は之利と為すか?伝に曰く『諸侯が利を好めば則ち大夫は鄙しく、大夫鄙しければ則ち士貧しく、士貧しければ則ち庶人盗たり。』是れ利孔開きて民の罪梯を為すなり。」

文学の士は桑弘羊が「商工業の発展こそが国を栄えさせるのだ」との主張に対し、逆に国土が肥沃であるのに民衆が食べるものに困っているのは、商工業が盛んで本業である農業が疎かになっているからだと主張する。そして盤庚、舜、劉邦の事績、また言い伝え*3を引用して組織のトップが利を好めば下々は苦しくなって盗賊とならざるを得ないとする。よって文学の士は商工業の発展は最終的に民衆の困窮をもたらす、と繰り返し主張するのである。

*1:水の漏れる杯

*2:大きく深い谷

*3:『説苑』『春秋繁露』を出典とされ、今文学派の主張でもある。