班固『白虎通』巻一 號 (1)

帝王者何?號也。號者,功之表也。所以表功明德,號令臣下者也。德合天地者稱帝,仁義合者稱王,別優劣也。《禮記謚法》曰:「德象天地稱帝,仁義所生稱王。」帝者天號,王者五行之稱也。皇者何謂也?亦號也。皇,君也,美也,大也。天人之總,美大稱也。時質,故總稱之也。號言為帝何?帝者,諦也。象可承也。王者,往也。天下所歸往。《鉤命決》曰:「三皇步,五帝趨,三王馳,五伯騖。」號之為皇者,煌煌人莫違也。煩一夫,擾一士,以勞天下,不為皇也。不擾匹夫匹婦,故為皇。故黃金棄于山,珠玉捐于淵,巖居穴處,衣皮毛,飲泉液,吮露英,虛無寥廓,與天地通靈也。

帝王とは何でしょうね?というお話。「号」とは何なのかについて、この段落では解説している。全部で五段落、其の中の最初の部分を取り敢えず書き下してみる。尚、例によって本文は陳立『白虎通疏証』(中華書局)に拠った。細かいことを言うと色々大変だけど。とりあえず、さっくり書き下してみる。厳密な書き下しは誰か別な人やってください。

帝王は何ぞや?号なり。号は、功の表れなり。功を表し徳を明らかにし、臣下に号令する者の所以なり。徳が天地に合する者は帝を称し、仁義合する者は王を称し、優劣を別つなり。『礼記』謚法編に曰く、「徳は天地を象りて帝を称し、仁義の生ずるところ王を称す。」帝は天号、王は五行の称なり。皇は何の謂いか?また号なり。皇、君なり、美なり、大なり。天人の総、美大の称なり。時質す、故に之を総称するなり。号が帝を為すと言うは何ぞや?帝は、諦なり。象を承くべきなり。王は、往なり。天下の帰往するところ。『鉤命決』に曰く、「三帝歩き、五帝趨り、三王馳せ、五伯騖す。」号の皇を為すは、煌々と人違うなきなり。一夫を煩らい、一士を擾らい、以て天下を労するは、皇と為さざるなり。匹夫匹婦を擾わず、故に皇と為る。故に黄金を山に棄て、珠玉を淵に捐て、穴処に厳居し、皮毛を衣、泉液を飲み、露英を吮い、虚無寥廓、天地と霊を通ずるなり。

というわけで、結局分かったような分かんないような感じなんですが、そもそも「号」とは功績を称えたり、その人の徳を明らかにする為の代物であるということ。そしてその人の徳が天地と適合していれば「帝」であるし、仁義を持ち合わせていれば「王」であると。徳が天地に合する、とは何とも判然としないですが、自然のあるべき姿に合致しているというか、儒教の徳目をそのまま体現しているとか、そういう感じの意味なんだと思います。だから帝は諦、つまり天のあるがままを体現するんだ・・・見たいな話になっていくのでしょう。

次ぎに「皇」ですが、これも号だと『白虎通』では記しています。「君」「美」「大」とか色々言ってますが、その続きを読む限り人格者のことでしょう。自らが治める対象である庶民や士について「めんどくせぇ」とか思いながら苦労して天下を収めているようでは、「皇」たる資格がないと。そういう些末なこと、面倒なことを面倒と思わないようであってこそ、「皇」なのだと。多分、私なんか一生、「皇」の有資格者になれそうもありません。

で、最後は色々言ってますが、質素倹約ですね。黄金は山に棄て、宝石は河に放り投げ、粗末な住居と衣服、飲食も贅沢しないし、家具も余計なものを置かない。これが天地と霊を通じる方法なのだと説くわけです。

そんなわけで、これに適合する人はあまり見たことないんですが、後漢末から三国時代の武将が死後「家には何も財産がなかった」みたいな記述になっているのは、この辺の考え方があるんだろうなぁ、とか思ったりします。

今回はいつもと違って、自分なりの解釈をかなり入れてしまいましたけど・・・次回はまた気が向いたら。読者諸兄の御指摘御指南、宜しくお願いします。

 

魏晋南北史研究会 第14回大会

去る9月15日(土)、午後から魏晋南北史研究会の第14回大会が開催された。その先週及び先々週は三国志学会関連であったが、三国志学会の大会や講演会は視点が一般人に向いているのに対し、この魏晋南北史研究会は専門家が相手の大会である。当然、一般人の参加者はごく少数に限られている。

さて、今回の発表は2件。1件目は福原啓郎先生の発表で、「西晋の張朗墓誌の総合的研究を目指して」というもの。墓誌が研究に選ばれる理由は幾つかあるのだが、一つは墓の中にあって風に晒されておらず保存状態が比較的良好であること。曰く、文献資料と近似性がある、と。また量的な問題もあって、魏晋期以前は墓誌碑の数は非常に限られているが、逆にこの時代より先になってしまうと量が膨大になる。よって、研究するには魏晋期の方がちょうど良いそうだ。決して三国志が好きで魏晋期を選択したわけではないらしい。

魏晋期の墓誌碑には大きく二つにジャンル分けされ、一つは張朗のような無名人のもの、もう一つが荀岳のような有名人のものだ。墓誌碑の形など、その違いは重層的に想定される為、数々の特徴をピックアップして比較検討する必要があると福原先生は述べていた。

例えば文字量が碑陽、碑陰併せて400文字あるがこれは多い部類に入る。そして夫婦合葬、嫡子が居るのに墓誌が作られている(魏晋期における墓誌は通常、嫡子が居ない場合に作成される)等々。記載も張朗が無官であったことから、儒教的な徳目での良さをつらつらと記載している(通常は出世や功績を記す)。

最後に、福原先生は近年出土のものは偽物の墓誌が多いと述べていた。よく見れば偽物にも特徴が有るらしいのだが、その知見は是非とも記録として残して欲しいと思う。例えば偽物の石刻資料だけを集めて個別に全部批判し、一冊の本にするとか。

二つ目は窪添慶文先生の「北朝における弘農楊氏ー楊播一族を中心に」という発表。隋唐時代になると楊氏の墓誌が大量に出てくるが、北朝時代はそうでもない。特徴として、漢人貴族ではあるが武名で名を挙げていること、そして弘農楊氏として華陰を本貫としているが、実際には北朝時代の弘農楊氏は華陰との繋がりが強くないことだった。

弘農楊氏、と言えば真っ先に三国時代に活躍した楊脩の一族を想像してしまうのだが、そこから北朝までの流れはどうなのだろうか。そういえば楊脩以後、よく分かっていないように思う(実は北朝の弘農楊氏から隋代の楊素に至る過程もハッキリと分からないらしい)。

氣賀澤先生と窪添先生との質疑のやりとりを聞いて、この分野もまだ未解決なところが多いのだろうな…と実感した次第。しかし、だからといって豊富な石刻資料の中には偽物もあったりして、私のような素人には手を出しにくい分野に相違ないだろう。

 

喪の最中に何かがあった場合。

喪に服する時は「喪に臨みて笑わず」とか色々と哀悼の意を表して謹んで生活をするわけだが、喪の最中にトラブルがあった場合はどうやら例外措置があったようだ。『禮記』曲禮編上には次のような記載がある。

「居喪の禮、頭に創有れば則ち沐し、身に瘍有れば則ち浴し、疾有れば則ち酒を飲み肉を食らい、疾止めば初めに復す。喪に勝たざるは、乃ち不慈不孝に比するなり。」

だから幾ら喪に服しているからといって、自分自身の身体を駄目にしてしまっては、生んで育ててくれた親に申し訳がないし、倒れて祭祀が行えないとなると祖先に対しても申し訳が立たない。だからこういう例外規定がちゃんと設けられているのであろう。

古代の礼制も決して杓子定規の世界ではないのである。みんな、『禮記』の記載通りにちゃんと守っていたかどうかまでは分かりませんけども(笑)

班固『白虎通』巻六 耕桑

思い出したかのように再開してみる。

王者所以親耕,后親桑何?以率天下農蠶也。天子親耕以供郊廟之祭,后親桑以供祭服。《祭義》曰:「天子三推,三公五推,卿大夫七推。」耕於東郊何?東方少陽,農事始起。桑於西郊?西方少陰,女功所成。故《曾子問》曰:「天子耕東田而三反之。」《周官》曰:「后親桑,率外内婦蠶於北郊。」《禮祭義》曰:「古者天子諸侯,必有公桑蠶室,近外水為之,築周棘牆,而外閉之者也。」

久しぶりなので合っているかわからないが、これを書き下すと次のようになる。

王者が耕に親しみ、后が桑に親しむ所以は何ぞや?天下の農蚕を率いるを以てする也。天子は耕に親しみ以て郊廟の祭に供え、后は桑に親しみ以て祭服に供うる。『祭義』に曰く「天子三推、三公五推、卿大夫七推。」東郊に耕するのは何ぞや?東方は少陽、農事は始め起こる。西郊に桑するのは何ぞや?西方は少陰、女の功が成ずる所たり。故に『曾子問』に曰く「天子は東田を耕し、而して之を三反とす。」『周官』に曰く「后は桑に親しみ、外内の婦を率いて北郊に蚕す。」『礼書』祭義編に曰く「古は天子諸侯、必ずや公の桑蚕室有り、外水の近は之が為なり。周りに棘牆を築き、而して外閉の者也。」

天子の祭礼として、天子が田を耕し、后が桑蚕して服を作成して天に供えるというものがある。どうしてそのような祭礼があるのかというと、国家の根幹たる農業を天子が司り、無事に農業に励むことができるように…との意味合いが込められているのであろう。よって、昔の宮殿には蚕を飼うための部屋が設けられていたし、近くに川があるところを選ぶのは祭礼で田を耕すためなのである。

そうすると、必然的に宮殿の敷地内がどのような仕組みか大変興味深いが、これは『三輔黄図』を参照するのが一番適しているのかも知れない。それについては追って調べたいと思う。

まぁ、取り敢えず今日はこの辺で。

福原啓郎『魏晋政治社会史研究』(京都大学学術出版会)

魏晉政治社会史研究 (東洋史研究叢刊)

魏晉政治社会史研究 (東洋史研究叢刊)

魏晋期における政治史及び社会史に関する論考。恐らく同氏の著書『西晋の武帝 司馬炎』(白帝社)で名前を知っている人も多いと思うが、基本的な方向性は同じである。但し本書は学術書である為、先行研究に対する言及や注釈が豊富である(それだけではないけども)。目次等に関しては三国志ニュースさんで言及されているので全体的な紹介や論評はお任せすることにして、特に興味を持った箇所だけ言及する。

まず本書の概略に関しては、序論と結語の部分を読み通せば分かるように構成されている。また、図解は基本的に少ないものの、石刻資料(第四章)や墓誌(第十一章)には比較的多く図面が載っている。第九章の『銭神論』や第十章の『釈時論』に関しても主要な逸文に関する原文と全訳を載せているので、後で参照するのに役立つ。

そして個人的にもっとも興味を持ったのが、第五章「八王の乱の本質」及び第六章「西晋代宗室諸王の特質」である。この箇所は西晋時代の八王の乱に関して、従来研究では宗室の諸王が自らの欲するままにクーデターを繰り返したと見られがちであるが、それに対して貴族制の観点から一定の方向性を見出そうとするものである。そして著者がそのキーワードとして摘出したのが「輿論」の存在である。著者は言及する(赤字は拙による)。

この府主と幕僚の関係を考察してみると、そもそも府主に辟召されて幕僚となっていた士大夫は、府主が自らに人心を繋ぎ留めるために辟召した人物、すなわち輿論の期待を担っている人物であり、逆に言うならば、輿論を導く立場にある人物であり、それ故に幕僚の府主に対する批判は、輿論の具体的な代弁である。
(p.174:第五章第二節 輿論について)

このように宗室諸王は開府することにより、軍府の属僚および管内の郡県の長官の任免権を掌握していたのである。ではすべて宗室諸王の恣意によるかといえばそうではなく何かに規制されている。その規制するものが士大夫の輿論であり、逆に言うならば輿論で支持された人物こそその軍府内の僚属となるのである。・・・(中略)・・・こうして府主である宗室諸王は辟召した士大夫(すなわち貴族)を通して具体的に輿論と結びつくのである。
(p.214:第六章第二節 宗室諸王と士大夫)

突きつめれば、宗室諸王と輿論の存在とその結合が詔敕の代替となったといえよう。そしてこうしたありかたこそ逆に詔敕などに現われた皇帝の権威を生ぜしむる由来を示唆するのではないか。・・・(中略)・・・つまり魏晋国家体制は図式的には軍隊と輿論の結合であり、その両者を結ぶ接点として皇帝が存在するのであり、皇帝の権威はその背景に両者により支えられており、そこから生じているのである。
(p.222:第六章第三節 宗室諸王の権威)

 

上述するように、皇帝の権威が軍権及び輿望を担う士大夫層の支持から構成されていると著者は結論づける。八王の乱の前半で矯詔によるクーデターが、後半で詔勅に因らない義起が可能であったのも軍権と士大夫層による支持があったからであり、これがなければ皇帝と雖も自由に権力が振る舞えなかったということである。

ただ個人的な贅沢を言えば、この輿論を構成する士大夫層が如何なるものであるかについてもう一歩踏み込んだ言及が欲しいように思えた。それは果たして川勝義雄『六朝貴族制社会の研究』(岩波書店)で言及するような「郷論環節の重層構造」に由来するものなのか、それとも渡邉義浩『三国政権の構造と「名士」』(汲古書院)で言及するような文化価値によるものなのか、それともそれらとは別の見方によるものなのか。系譜的に川勝義雄氏の説をベースにしていると勝手に想像しているが、ひょっとすると私が見落としているだけかも知れない。

三国時代というよりは魏末~西晋に掛けての言及が殆どであるから、三国時代末期に興味のある人は購入を検討しても良いのではないだろうか。

近況報告

色々と長く時間をあけていたが、その間に考えていたことを幾つかまとめて記す。

<サーバ用のパソコン新調の件>
パソコンを新調したいと考えていた。別に現行機でも何ら困るような性能ではないのだが、今までBTOパソコンばかりで実際に自作した経験がないのでやってみたいこと。最新パーツでなくてもサーバ程度の利用なら安価で済ませられる見込みのあること。こういった関係で一度ゼロから組み立てようと思い立ったのである。

そして今回の検討に置いては、もう一つやろうと考えたことがある。それは地デジ対応のパソコンにすること。地デジ化してからテレビを自宅で見ていないから、これを機に設置しようというものである。もっとも、1年間見ないで業務上も私生活も支障なかったのだから、このまま無くても問題なしともいえるが。

検討を進めた結果、サーバ目的ならLinux系OS及び1世代以上前のパーツ構成でも何ら問題ないことがわかったが、一方で地デジ目的を志向するとWindows系OSで最新パーツ(性格には地デジの規格適合品)にしないといけないことがわかった。結果的に費用は嵩む傾向に。

長く比較検討していると意欲が徐々に減るため、今は検討を中止している。今すぐ買わないとやばい、何が何でも欲しいという筋合いのものではなかったということだ。

<タブレット+Bluetoothキーボード組み合わせの件>
タブレットを購入してもうすぐ1年が経過するが、通常のネット検索やSNS利用では特に不自由していない。むしろ私が購入したのがASUSのTransformer TF101であることから、今までのWindows系OSからの移行に違和感すら感じなかった。ここ1年間の経験を考慮する限り、外出先はタブレットで何も問題ないだろう。

しかし今の10.1型は持ち運ぶのには少々大きい。一回り小さい方が望ましいと考える。そのため、7型あたりが次回買い換えの候補に挙がる。お値段的にも手頃感があるし、ヘビーな使い方を想定しなければ7型でも十分だ。後は琴線に触れるような端末に出会えればいいのだが、電器量販店の店頭を見る限り、あまりパッとしない。そもそも私の利用する店のタブレットコーナーがこじんまりとし過ぎているのだが。

それに今度はキーボードの問題もある。今使用しているポメラのDM20が外付けキーボードとしても利用可能なら問題ないのだが、実際はQRコード読みとりを経由しないとダメだ。そして店頭で外付けキーボードを見るに、ポメラに勝るキーボードは無い(使い慣れているということもある)。最新型のDM100はAndroid端末ととにかく相性が悪く(iPhoneやiPadとは相性が良い)、英語キーボードの認識からうまく変更できない。QRコード読みとりを使用するのであればDM20と何ら変わることはなく、あえて買い換えようとする必要性はなくなる。

結局、1年間かけて理想的な組み合わせは脳内にできあがっているのだが、購買意欲を沸き立たせるような実機が見つからないという実状だったりするのである。

<ミラーレス一眼レフカメラ>
ミラーレス一眼レフを購入して4ヶ月。写真を撮ることは嫌いではないので、何か機会があるごとに写真撮影をしている。私の場合、特に飲食物と風景がメインになるのだが。

カメラに凝りだすとレンズ及び周辺機器に投じる金額が増える。私の場合はすでにカメラ本体と標準ズームレンズ、単焦点レンズ、望遠レンズの3つを購入している。殆どアウトレットでの入手なので定価に比べて幾らか安価なのだが、しかし全体的にはそれなりだ。

今後は脚立の購入が最有力になるだろうが、そのためには持ち歩くカバンを検討しなければならないし、バッグばかり増えても仕方ないし云々・・・という問題がある。しばらくは単焦点か標準ズームで撮影をすることになるだろう。

【個人的メモ】HMT(ヘキサメチレンテトラミン)の利根川水系流出事件

5月19日(土)、利根川水系の浄水場で水道法の基準値(0.08mg/L)を超えるホルムアルデヒドが検出され、利根川水系を水源とする千葉県我孫子市や柏市等、一部自治体で断水する騒ぎが発生した。

 利根川水系から取水する首都圏の浄水場の水道水から有害物質ホルムアルデヒドが検出された問題で十九日、千葉県では柏、野田、流山の三市の全域と八千代、我孫子両市の一部で断水し、計約三十四万四千世帯に影響が出た。
(2012年5月20日 東京新聞朝刊

原因は利根川水系に注ぐ烏川に由来するとみられ、埼玉県と群馬県は原因を調査した。当初は烏川沿いにありホルムアルデヒドを使用する製造業者から流出したものという推測もあったが、立ち入りした結果は基準値以下で原因の早期特定には至らなかった。
  【5月20日】浄水場等からの水質基準値を超えるホルムアルデヒドの検出を受けた河川水の調査結果について(環境保全課)

その後の5月25日(金)、調査が進展してDOWAハイテックの産業廃棄物に含まれるHMTが原因であると報じられた。

関東の利根川水系の浄水場で水質基準を超えるホルムアルデヒドが検出された問題で、埼玉県は25日、原因物質とされるヘキサメチレンテトラミンの処理を委託された群馬県高崎市内の産廃処理業者が、利根川支流の烏川に排出した可能性が高いと発表した。

 埼玉県によると、同県本庄市の化学品製造業「DOWAハイテック」が廃液の処理を烏川流域の産廃処理業者2社に依頼。うち1業者が中和処理した廃液を烏川に放出していたとみられるが、この業者の施設は原因物質に対応していなかった。 埼玉県の調査に業者側は「ヘキサメチレンテトラミンが含まれているとは知らされていない」と話している。一方、DOWA社は「廃液の分析値を示しており(業者が)適正に処理していればなんら問題にならない」とした。

 同物質は工場廃水を規制する水質汚濁防止法や、廃棄物処理法で有害物質として規定されていないが、埼玉県は25日、DOWA社に立ち入り検査し、業者との委託契約の内容などの報告を求めた。廃棄物処理法に基づく告知義務違反に当たらないか慎重に調べている。
(2012年5月25日 日本経済新聞

各紙の情報をまとめると以下の通りとなる。

5月10日、群馬県高崎市の産廃処理業者「高崎金属工業」は埼玉県本庄市のメッキ加工メーカー「DOWAハイテック」からHMT含有の廃液60トンの処理を請け負った。これはDOWAハイテックが通常時に委託していた産廃処理業者がトラブル発生により処理不可だったための代替措置だったようだ。

同社では廃液に含まれる含有物質と水分の分離処理を行い、上澄み分は川に排出、残りは産廃業者に処分を委託して再発を防止していたという。

 しかし、5月中旬ごろ、業者側のトラブルなどで一時的に代替業者が必要になり、廃液は高崎市内の産廃業者2社に臨時に委託することになった。このうち、1社は焼却処理したが、もう1社は通常の中和処理で対応、HMTの十分な排除には至らなかった。
(2012年5月25日 産経新聞

しかし、高崎金属工業の廃液処理は中和処理施設のみで、HMTを処理する能力を有していなかった。よってHMTは未処理のまま排水として烏川に放流された。HMTはゴムを加硫する際に使用される物質で、強酸・酸化剤環境下で有毒ガス(ホルムアルデヒド、アンモニア、シアン化水素など)を発生させる。そのため、HMTを含む河川水を消毒するために浄水場で添加された塩素が、ホルムアルデヒドを生成させたものと考えられる。
  1,3,5,7‐テトラアザトリシクロ[3.3.1.13.7]デカン(別名:ヘキサメチレンテトラミン)

さて、現在判明している問題点を追ってみよう。

廃棄物処理法では、排出事業者が事業活動により発生した産業廃棄物の処理に責任を持っている。そのため、同法では排出事業者が産業廃棄物の性状を把握し、それを適正に処理できる産廃処理業者に委託し、ちゃんと最終処分が行われたかマニフェストを通じて確認する必要がある。また、委託先の業者が適正処理可能かどうか、排出事業者は現地に行って確認をしなければならない。これが産廃処理の大原則である。よって単純にいえば、排出事業者側が適正な情報開示をせずに処理委託をしたならば全面的に排出事業者側の責任である。一方、排出事業者が適正な情報開示をしているにも関わらず、受託側が意図的に適正処理できないのを隠蔽していたのであれば、産廃処理業者側が悪いということになる(それでも事前調査不足ということで排出事業者の責任は免れないだろう)。

だが今回の問題をややこしくしているのは、HMTが廃棄物処理法上の有害物質には指定されておらず、HMTの存在を廃棄物データシート(WDS)の項目に記載しなくても法的責任を問われないし、HMTを放流すること自体に何ら法的問題がない点である。そのため、DOWAハイテックは告知義務のないHMTの存在を高崎金属工業に知らせないまま処理委託したのが実際のようだ。

 利根川水系から取水する首都圏の浄水場で検出された有害物質ホルムアルデヒドの原因物質は、水質汚濁防止法では河川に排出する規制の対象外で、廃棄物処理法も委託会社の告知義務に抵触するか明記していない。埼玉県からは「産業廃棄物処理業者の法的責任を問うのは困難」との声が出ている。
 厚生労働省などは原因物質を、ゴムや合成樹脂加工に使われるヘキサメチレンテトラミン(HMT)と特定。浄水場で使われる塩素と反応すると、ホルムアルデヒドがつくられる。
 水道法に基づく水質基準は、ホルムアルデヒドの基準値を一リットル中〇・〇八ミリグラムと規定。一方、工場排水の基準を定める水質汚濁防止法で、HMTは「環境への影響がない」(環境省水環境課)と規制の対象外としている。
(2012年5月26日 東京新聞朝刊

ところが9年前の2003年、DOWAハイテックがHMTを工場排水と一緒に流した結果、行田浄水場で高濃度のホルムアルデヒドが生成したという今回の類似事例を起こしている。このときはDOWAハイテックがHMTを排水しない防止措置をとり、また特異事例であるため埼玉県側も法的な規制項目に追加するほどの話ではない、と当時は判断したようだ。

廃棄物処理法施行規則第八条の四の二 第六項には「委託者の有する委託した産業廃棄物の適正な処理のために必要な」情報を契約時に処理業者へ知らせなければならないと記載している。今回、埼玉県側が頻りに「過去事例からHMTの危険性は知っていたはずだ、道義的責任はある」と主張するのも、この条文からDOWAハイテックの責任を問うための布石なのであろう。

 埼玉県行田市の行田浄水場で二〇〇三年に検出された高濃度のホルムアルデヒドは、ハイテック社の排水に含まれるHMTが原因と確認されている。県は「ハイテック社は九年前の問題で、未処理ではホルムアルデヒドになることを知り得ていたはずだ」とみる。
 高崎金属工業はHMTの告知を受けなかったと主張。これに対しハイテック社は取材に「HMTを告知する義務はない」と違法性はないと主張している。
 埼玉県は九年前、排出規制の必要性は見過ごしていた。県は「当時は特異な問題と考えていた。会社が排出対策をとったため、国などに規制を求める必要性はないと判断した」と説明。今回の問題を受け、再発防止のためHMTの排出規制を国に求めている。
(2012年5月26日 東京新聞朝刊

今後はHMTを新しい規制物質として追加するように法改正が行われるだろうが、同様の物質は数百種ある。今回は類似事例から偶然辿ることが出来たが、もし酸化還元反応や分解反応で有害物質を発生させる恐れのある物質を全て盛り込むとしたら、果たしてどれだけのリストになるのだろうか。

 一方、県もDOWAハイテックが疑わしいと思いながらも、ほぼ断定するまで1週間かかった。ホルムアルデヒドを生成する物質が数百種類あり、原因が特定できなかったためだ。
(2012年5月26日 読売新聞

朝日新聞の記事を追記。やはり埼玉県はDOWAハイテックに立ち入り、過去と同様の事例を起こしていないか詳細に調べていたようだ。これだけの大事になっているのだから、法令改正の際に議論されるだろう。恐らく、排出事業者の情報開示に細かい規定が設けられるんだろうな。

 また、埼玉県は19日に調査に来て、残っていた廃液を持ち帰ったが、翌20日には高崎市を通じ、「操業を続けて問題はない」という連絡があったとした。念のため、自分たちでも検査を依頼したが、高濃度のホルムアルデヒドは検出されなかったという。
(2012年5月26日 朝日新聞

小池和夫『異体字の世界』(河出文庫)

先日、@yunishio殿と神田神保町を散策した際、小池和夫『異体字の世界』(河出文庫)という本を偶然にも見つけた。河出書房は東洋史や戦略論好きな私にとってさほど重要ではなく、新刊もチェックしないしコーナーにも立ち寄らない、そんな扱いだった。正直興味がわかないのである。ラインアップ的に。

で、神田神保町となると東洋史関係の書物を一堂に会しているため、そういった文庫でも個別に陽の目を見ることができる。それが本書である。

著者はDTP組版の研究者でJIS X 0213規格制定に関わった、漢字研究の第一人者でもある。そもそも異体字とは何か、そういった諸事情を細かく解説してくれる。

結論から言えば、現在のような常用漢字だとか第○水準漢字のような区分けができた理由は、江戸時代までの手書きから明治以降の活版印刷技術の普及、そして漢字を一般庶民に普及させるための標準化・簡便化である。この取り組みは明治初期から現在に至るまで脈々と続いており、GHQの陰謀とかそういうのは全く関係がない。また戸籍管理のためにかくも膨大な漢字を規格として定めている。逆に言えば、正字とか異体字とかの区別はそれ以上の意味がないのである。

こういう異体字とか略字とか正字とかの区別は、一つには康煕字典に定めているというところに求めうるが、実はこれも全てが正確なわけではなく、実用例がないのにむりやり正字にしてしまったり所々の誤りが見受けられる。

本書を読んで面白いのは、現在使われている新漢字というのは正字に対する略字や俗字に属するものが多く、決して現代になって新しく急造したものではないと言うこと。そして中国の簡体字についても事情は同じで、数多くの略字・俗字の中から採用した文字が偶然にも日本と異なっていただけにすぎない。どちらが正しいとか間違っているではない。両方とも昔から元々存在していて、それを国としての常用漢字として採用した文字が違っただけなのである。実は日本の旧漢字にも事情は全く同じである。旧漢字が正しいという理由はなにもない。

ともすると今受けている教育、又は昔の学校教育で習う漢字こそが正しいと錯覚しがちであるが、漢字の世界はそう一意的に決められるものではない。もし近世以前の古典の世界に浸るのであれば、これまで学校教育で習ってきた漢字に関する固定観念を捨てて接するようにしなければならないだろう。

広岡友紀『京浜急行電鉄』(毎日新聞社)

日本の私鉄 京浜急行電鉄

日本の私鉄 京浜急行電鉄

鉄道航空アナリスト、という肩書きの著者による作品。本書である日本の私鉄シリーズ第五作目。過去四作品は西武鉄道、京王電鉄、相模鉄道、小田急電鉄。鉄道に関する著作を多く執筆し、また本書の内容からも造詣の深さを感じ取ることができる(実は凄い人なのかも知れない)。

本書は京急に焦点を当てた著作である。京浜急行電鉄(略して京急)のルーツ、戦前の「大東急」に基づく併合、社史にちらつく西武vs東急のバトル、そして現在運行中の車両技術について等々。車両技術に関する記述が半分、京急の社史に関する部分が半分。併せて200ページ弱の構成である。

京浜急行電鉄という会社については、以下のような特徴を持つ。

 その沿線は東京都港区、品川区、大田区、川崎市、横浜市、横須賀市、三浦市、逗子市に広がり東京湾にほぼ沿う形である。
 沿線の核はターミナルの品川ではなく横浜にある点が通勤通学輸送上の特色であろう。
 横浜のほかでは横須賀中央がひとつの核として存在し、京急線は都市間連絡鉄道(インターバン)としての性格が濃く、この点が関東民鉄の中で京急を特徴づけている。
(「1 京急のプロフィール」p.22)

このように旧市街地を結ぶ京急沿線沿いは多数の住宅(=利用客)を予め有し、ほかの私鉄が沿線沿いの宅地開発を兼ねて発展していたのとは異なる。また、一部区間がJR東海道線と重複することが京急の車両設計思想に深く関わっている。京浜間の路盤不良、短い駅間隔等々は、京急車両にレベルの高い車両性能を要求する。

 品川~横浜間など対照的だ。東海道線ではノッチを入れて時速100キロあたりに速度が達したら、ノッチを切り、後は惰行でかなり長く転がせばよい。曲線上での速度制限もなく、先行列車も相当先にあるから信号はG現示だ。
 京急は曲線も多く、先行列車も近い(普通や急行)。快特が少しでも速く走るためには、制動と力行を小きざみにくりかえす必要がある。そこで車両性能の高さが必要になる。E217形では使い物にならない。
(「3 特徴ある京急の車両技術」p.74)

各鉄道会社にはそれぞれ固有に抱える問題がある。故に、単純に最新技術を単純に導入すれば済むという話ではない。各鉄道会社とも固有の問題意識を抱えながら、それを改善する方向で常に日進月歩の歩みを見せているのであろう。

本書は京急について深く知ることができる一方、用語については基本的に細かい説明はない。技術的用語の細かい説明は他書による他なく、その点だけは残念である。